天文学業界の論文数

 2月28日の日記にコメントを頂いた。その返事を長々と書いたが、折角なので、これをネタにして今日の日記をつけてみることにする。
 過去に何回か天文学者としてアカポスを取るのは大変である、ということを述べた。ちなみに某旧帝大大学院天文学分野における、ここ10年のアカポス取得率は25%だ。算出方法は「ここ10年の間にアカポスを取った人数」を「アカポスを取るつもりで大学院で博士課程に在籍した人数」で割っただけだ。従って、分母には元々博士を取得して企業就職するつもりであった人々などは除かれている。ちなみに同じ機関におけるここ10年の学振取得者率は40%、学振取得者のアカポス取得率は54%。まぁ学振取るのが全てではないということだな。何にしても天文学でアカデミック・ポストを取るのが大変だという事実に変わりはない。勿論この原因の一つに、天文学研究者としてのアカデミック・ポストそのものが少ないという事実があることに議論の余地は無い。しかし私個人としてはさらに、平均的に天文学分野では、他の自然科学分野である物理学・化学・生物学などに比べて、生産論文数が少ないという問題があるのではないかと考えている。
 前にも書いたが、天文学分野では助手を狙うなら論文5本、助教授なら10本は揃える必要がある。しかしこの論文本数は他の分野に比べて有意に少ないのだ。ただしこれにはそれなりの理由がある。例えば観測天文学者なら論文を書くために、まず観測計画書を提出して審査をパスし、望遠鏡や衛星の観測時間をゲットしなければならない。地上望遠鏡なら平均的に年2回、観測衛星なら年1回が観測計画書(プロポーザル)公募が出る回数だ。しかもある天体を観測できる時期は決まっている。最新鋭のすばる望遠鏡などでは、検出器にもよるが、倍率は4〜6倍と言われているし、野辺山の電波望遠鏡などで2〜3倍、観測衛星では4倍程度だろうか。
 そして仮にプロポーザルが採択されても天候条件が満たされなければ、論文にするために十分なデータを取ることはできない。ある観測屋さんなどは海外の非常に良いサイトの望遠鏡を使いに行ったにも拘わらず、一週間滞在して一度も晴れることなく帰国したそうだ。
 そうすると、観測天文学者の場合、毎年観測計画が採択されるか否かで、全体の1/4〜1/3の研究者が観測データを手に入れられないことになる。そしてさらに観測条件が悪いために、使いものになるデータが取れない可能性もある。ちなみに晴れれば良い観測データが手に入るという訳ではない。例え晴天夜でも、気流が不安定なためにシーイングが悪いと、データが使いものにならない事がある。まぁ実際には自分の本来の研究テーマでないとしても、共同研究という形でデータを手に入れることは出来るかもしれない。また大学院生であれば指導教官からデータを回してもらえることもある。
 こうしてみると、観測天文学において、十分な観測データを取るのは非常に時間がかかることがわかる。すばる望遠鏡などでは、一部を除いてある程度のデータがワンショット取れれば論文になる。これは元々、科学的意義が高いだけでなく、論文化し易いテーマが採択されるからだという話もある。
ましてや地道に小中口径望遠鏡を使って、多くのデータを取得し、それによって統計的な議論を行うような研究をしていては、データを揃えるだけで数年かかってしまう。そしてこれは天文学業界において、それほど珍しいことではない。ただ最近はテーマによっては、データ・アーカイブを使ったり大規模サーベイ・グループに食い込むことで、比較的容易に大量のデータにアクセスすることも可能になってきた。
 ちなみにシミュレーション天文学などでも、計算に数日かかるような計算コードを何本も走らせることは極めて普通である。何にしても論文にするべきデータを手に入れるのは容易ではない。
 そうすると、天文学研究者が執筆する論文は、自動的にその数が減ってしまうことになる。勿論ばかばか論文を大量作製している研究者もそれなりには存在するが、決して多数派ではない。